ショパン:マズルカ 第55番 ニ長調 遺作 KK IVb-2/BI 71

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ショパン作曲:マズルカ 第55番 ニ長調 遺作 by Tomoro




Chopin : Mazurka No.55 in D major Op.posth. /Tomoro

● 作曲年:1832年
● 出版年:1880年
● 献呈者:なし


 【ジャンル解説】
マズルカは、ショパンの祖国ポーランドの民族舞踏の一種です。
中部マゾフシェ地方の快活なマズル、
西部クヤヴィ地方のゆったりしたクヤヴィアク、
南部シロンスク地方の急速なオベレク、
の三つに分類され、主に農民によって踊り継がれてきました。

ショパンのマズルカは、それら三つの要素を巧みに融合させながら、独創的で芸術性の高い作品に仕上げられています。


 【作品解説】
この《マズルカ 第55番》は、ショパンが1829年(※当時20歳)のワルシャワ時代に書いた《マズルカ 第54番 ニ長調 遺作》の改訂版になります(※版によってはこちらを《第54番》としているものもあります)。
それにも関わらず、結局そのどちらも作曲者の生前には出版されませんでした。
尚、こう言った作品を系統だって分類する手立てとして、ポーランドのショパン研究家クリスティナ・コビランスカ(Krystyna Kobylańska)による『作品番号のない作品目録』の分類番号「KK」があり、そこではこの作品は「KK IVb-2」とされています。
更に、 モーリス・J.E.ブラウン(Maurice J.E. Brown)がショパンの全作品に与えた作曲順の通し番号「BI」では、この作品は「BI 71」とされています。


最新の研究によって編集されたナショナル・エディション(エキエル版)では、どちらも『第37巻 補遺』の中に収められています。

初期稿に比べて若干規模が拡大されており、一番の違いはまず序奏が付け加えられた事でしょう。
ショパンはこの曲をパリに渡った翌年(※当時23歳)に改作していますが、この序奏には、正にそのパリのサロンを思わせるような華やかさが感じられます。
当時のパリには、1830年の11月に勃発した「ワルシャワ蜂起」の失敗を受けて亡命して来たポーランド貴族達のサロンがあり、ショパンもそこに招待されていました。
ショパンのパリデビュー公演の客もほとんどが彼らだったと言われています。
ショパンは、彼らのサロンでは、ワルシャワ時代と同じように、求めに応じてマズルカやポロネーズ等の祖国の民族舞踏曲を演奏した事でしょうから、この《マズルカ 第55番》も、そんな中で改作されていたのだろうと思われます。

ちなみに私は、謎とされているショパンの生年月日に関しては、「1809年3月1日」説を採っております(※その根拠はこちらで)。
なので、本稿ではそれに則ってショパンの年齢を数えています。


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