ショパン:練習曲 第2番 イ短調 作品10-2

♪今日の試聴BGM♪

ショパン作曲:練習曲 第2番 イ短調 作品10-2 by Tomoro




Chopin : Étude No.2 in A minor Op.10-2 /Tomoro

● 作曲年:1829年
● 出版年:1833年
● 献呈者:フランツ・リスト

 【ジャンル解説】
練習曲(エチュード)は、その名の通り、楽器の演奏技術を習得する手助けとなるように考慮された音楽作品です。
一口に練習曲と言っても、これには大きく分けて3種類あると言えます。

  1. 《ハノン》(シャルル=ルイ・アノン:Charles-Louis Hanon, 1819-1900)に代表されるような、機械的な運指の反復練習のみに特化して、楽曲としての体裁を成していないもの。
  2. 《ツェルニー》(カール・チェルニー:Carl Czerny, 1791-1857)に代表されるような、一応楽曲としての体裁は成しているものの、あくまでも練習曲であって演奏会で弾く事を目的としないもの。
  3. 《ショパン》や《リスト》(フランツ・リスト:Franz Liszt, 1811-1886)に代表されるような、プロが演奏会で弾く事を前提に、最高度の演奏技術を要求すると共に性格的小品としての芸術性をも兼ね備えたもの。


 【作品解説】
ショパンの《練習曲 第2番 イ短調》は、《12の練習曲 作品10》の第2曲目です。
右手の弱い指、つまり中指、薬指、小指の3本だけで半音階のメロディーをレガートで弾き、それだけでも難しいのに、それと同時に、残りの親指と人差し指で伴奏の和音をスタッカートで弾きます。
左手は主にスタッカートの伴奏ですが、途中で低音部でメロディーも弾きます。

ショパンがこの練習曲集に着手し始めたのは、1829年の秋頃(当時20歳)で、友人宛の手紙に以下のように書かれていたのが最初でした。
「形式に則った大きなエクセサイズを、僕独自のスタイルで作った。僕らが再び会った時に、君に見せよう。」
(※『1829年10月20日付のティトゥス・ヴォイチェホフスキ宛の手紙』より→全文はこちら

この時に作曲されたのが、《練習曲 第1番 ハ長調 作品10-1》だと考えられています。
その翌月に、同じく手紙に以下のように書かれています。
「僕はエクセサイズをいくつか書いた;君の前で上手に弾かなければならないだろう。」
(※『1829年11月14日付のティトゥス・ヴォイチェホフスキ宛の手紙』より→全文はこちら

この時に作曲されたのが、この《第2番 イ短調》であろうと考えられています。

薬指と言うのは一番自由が利かない指で、ショパンですらその事を嘆いていたくらいで、シューマンなどは、この指を鍛えるための練習が災いして指を壊してしまい、ピアニストの道を断念せざるを得なくなったとも言われています。

ちなみに、ショパンがパリ時代の1833年にこの練習曲集を出版した際、ドイツのロマン派の詩人(歴史作家、劇作家)で音楽評論家でもあったルートヴィヒ・レルシュタープ(Ludwing Rellstab 1799-1860)が、この曲集を次のように痛烈に批判しました。
「指をゆがめてしまった人がこれらのエチュードを練習すれば、それをなおすことが出きるであろう。しかしそうでない人は少なくとも手近に外科医をかかえておかぬかぎり、こんなものを弾いてはならない」
(※『全音楽譜出版社 ショパン エチュード集』の解説より)

この人物はベートーヴェンの《月光ソナタ》の名付け親としても有名ですが、当時のショパンに対してはかなりな偏見を持っていたようで、彼のこの批判は、ひょっとするとこの《第2番 イ短調》を指して言っていたのかもしれないと、そのようにも思えてきます。
レルシュターブの理屈でいくと、シューマンの壊れた指はショパンのこのエチュードで治せる事になるはずなのですが…。
ちなみに私は、謎とされているショパンの生年月日に関しては、「1809年3月1日」説を採っております(※その根拠はこちらで)。
なので、本稿ではそれに則ってショパンの年齢を数えています。


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