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zoom RSS ショパン:チェロとピアノのための「悪魔のロベール」の主題による協奏的大二重奏曲(2台ピアノ版)

<<   作成日時 : 2013/05/13 08:39   >>

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♪今日の試聴BGM♪

ショパン作曲:チェロとピアノのための「悪魔のロベール」の主題による協奏的大二重奏曲(2台ピアノ版)by Tomoro

Chopin : Grand Duo Concertant sur des thémes de Robert le Diable (for two pianos) /Tomoro

● 作曲年:1831〜1832年
● 出版年:1833年
● 献呈者:アデール・フォレ嬢


 【ジャンル解説】
ピアノの詩人と謳われるショパンは、その作品のほとんどがピアノ独奏曲で、室内楽曲はこれを含めてもたったの4曲しか書いていません。

  1. ピアノ三重奏曲 ト短調 作品8
  2. チェロとピアノのための序奏と華麗なるポロネーズ ハ長調 作品3
  3. チェロとピアノのための「悪魔のロベール」の主題による協奏的大二重奏曲 ホ長調
  4. チェロ・ソナタ ト短調 作品65

ショパンがピアノ以外に注目していた楽器がチェロだったと言うのがよく分かります。
※実は、この他にもう1曲、《フルートとピアノのための「シンデレラ」の主題による変奏曲 ホ長調(遺作)》という作品があるにはあるのですが、これには贋作説があり、私も明らかにショパンの曲ではないと思っていますので、本稿では取り上げません。私がこれを贋作と結論付ける根拠は至って簡単で、ピアノ・パートが完全に素人の手によるもので、ごく単純な伴奏形に終始しているだけで、協奏的要素も全くないからです。また、ショパンの変奏曲には特徴的な序奏と終結部が伴われますが、この曲にはそのどちらもありません。典拠もあいまいで、今まで一度も自筆譜が確認されておらず、しかしそれ以前の問題として、これがショパンの作品である事を示唆し得る音符が一つも書かれていないからです。ショパン作品では、歌曲におけるシンプルなピアノ伴奏ですら、ここまで工夫も主張もないと言う事はありません。

この曲にはピアノ独奏版などの別編成バージョンは存在していませんが、本稿では独自に、これの室内楽版を2台ピアノ版としてお送りいたします。
尚、楽譜はナショナル・エディション(エキエル版)を用い、チェロ・パートをそのままファースト・ピアノにしてステレオ右寄りに、従来のピアノ・パートをセカンド・ピアノにしてステレオ左寄りに配置してあります。


 【作品解説】
この曲は、ジャコモ・マイヤベーア(マイアベーア)(Giacomo Meyerbeer 1791−1864)のオペラ《悪魔のロベール》からテーマをとって作られました。ショパンは、パリに到着して間もなく、友人に宛てた手紙の中で、このオペラについて次のように書いています。
「…(略)…クロシアート(※エジプトの十字軍)を書いたマイヤベーアによる五幕の新作オペラ“悪魔のロベール”のような華やかさが、かつて劇場において成就された事があるかどうか、僕は知らない。それは新しい楽派の傑作で、悪魔達(大合唱)がメガホンを通して歌い、精霊達が墓場から起き上がって来る(でも、ザ・シャルラタン(※クルピンスキのオペラ)のようではない)、ちょうど50人か60人のグループだ;舞台はジオラマになっていて、終わりの方で教会の内部が見えるようになり、その教会は、クリスマスか復活祭のようにライトアップされ、修道士達や礼拝に集まった人々が席に着いている:――舞台の上にはオルガンまであって、その音にはうっとりさせられるし驚かされもして、オーケストラを掻き消してしまうほどだ;このようなものは他では上演できないだろう。マイヤベーアは彼自身を不朽のものにした! しかし彼はこれをモノにするまでパリで3年を費やし、2万フランもの経費を払ったと言われている。
…(略)…シュレジンガー(※音楽出版者)が、ロベールから主題をとって何か書く事を僕と契約したが、彼はそれ(※ロベールの版権)をマイヤベーアから2万4千フランで買ったのだ!…(略)…」
(※1831年12月12日付の『ティトゥス・ヴォイチェホフスキ宛の手紙』より


この手紙から、ショパンが、パリの音楽出版業界の大御所であるモーリス・シュレジンガー(Maurice Schelesinger 1798−1871)の依頼でこの作品を書いた事が分かります。

ショパンは、この2日後に書いた師エルスネル宛の手紙でも次のようにコメントしています。
「…(略)…オペラの作曲家として10年の名声を持つマイヤベーアも、パリで熱狂を巻き起こした彼の悪魔のロベールをプロデュースして上演するまで3年間待たねばならず(ここではずっとオベールがいたので)、彼はその間働き、経費を払いました。…(略)…」
(※1831年12月14日付の『ユゼフ・エルスネル宛の手紙』より


前に《マズルカ 第4番》の項で「カルクブレンナー事件」についてお話しましたが、これは、その時エルスネルがショパンに忠告した手紙に返事したもので、エルスネルがポーランド・オペラを書いて欲しいと言ったことに対して、ショパンが何だかんだと言い訳をして固辞している文章の中の一つです。
ショパンは、オペラ鑑賞は大好きなのに、自分でオペラを書こうと言う気は全くないんですね。

オペラ《悪魔のロベール》については、更に翌年、ショパンは、パリで知り合ったピアニストで友人でもあるヒラー宛の手紙で、次のように書いています。
「…(略)…モーリス(※シュレジンガー)は、ロベールの上演のためにロンドンに行っていたが、戻って来た(成功しなかった)…(略)…」
(※『1832年8月2日付の『フェルディナンド・ヒラー宛の手紙』より

ショパンにしてみれば、言わば二次創作的にこのオペラから主題を用いて作品を書いた訳ですから、そのオペラが海外でも成功を収めれば、それはそのまま自作の海外進出にもつながりますから、その意味でもロンドン公演の結果は気にはなった事でしょうね。


ショパンの《チェロとピアノのための「悪魔のロベール」の主題による協奏的大二重奏曲》については、シューマンが次のように評しています。
「それはサロンのために運命付けられた作品だ。…(略)…ショパンが触れるものは何でも、優雅さと品格を帯び、この小さなサロン様式において、彼は優美かつ魅力的に彼自身を表現する…(略)…」
(※ロベルト・シューマン、音楽と音楽家についての雑文(1836年:ライプツィヒ)より



楽譜には、チェリストのオーギュスト・フランコム(フランショーム)の名前もクレジットされています。
ショパンは、彼とはパリで知り合い、生涯の友となる訳ですが、これは、チェロ・パートに関して、彼に負うところがいかに大きかったかがうかがい知れる処置と言えるでしょう。
その事も理由の一つなのかもしれませんが、この曲は、完成してから翌年には直ぐ出版され、正式な献呈もあるのに、ショパンは作品番号を付けませんでした。
要するに、そもそも原曲も他人のものだし、しかも出版者の依頼で書いたものだし、チェロ・パートはフランコムの貢献度大だし、なので自分の作品として数に入れるには、色々な意味で少々憚られたのかもしれませんね。


実は、後にショパンは、このマイヤベーアとは、《マズルカ 第24番 ハ長調 作品33の3》を巡って一悶着起こす事になるのですが、それについてはその曲を紹介する時に改めてお話する事にしましょう。

ちなみに私は、謎とされているショパンの生年月日に関しては、「1809年3月1日」説を採っております(※その根拠はこちらで)。なので、本稿ではそれに則ってショパンの年齢を数えています。


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コメント(3件)

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興味深く読ませて頂いております。

この稿で触れられているシンデレラ変奏曲の真贋について少し考えてみました。
かの曲のピアノパートが全く没個性的でショパンらしくないというのは誰もが感じることと思います。けれど、それが他の楽器とのデュオ曲で、しかも変奏曲であれば、あり得ないものではない、とは考えられないでしょうか?
パッサカリア風の連続的な変奏曲である《パガニーニの思い出》と《子守唄》では、左手のごく単純な伴奏型が一曲を通して固定され、右手だけが音型変奏を繰り広げます。これらの曲の右手と左手を独奏楽器とピアノ伴奏と捉えれば、シンデレラ変奏曲のスタイルも納得がゆくのでは? ショパンは構想上必要とあらばメイン以外のパートを思い切って単純化する割り切りの姿勢を持っていたと(Op.22のポロネーズのオケパートもそのような一例)。本来他の楽器がメインとなる作品(Op.3&65)でもピアノがほとんどを言い尽くしてしまうほどなのがショパンならではの書法ではあるけれど、純オリジナルの作品でない「変奏曲」となればショパンの考えも大きく違ったのではないか、とも思えるのです。(すいません、もう少し続きます)
nao
2013/06/15 00:13
ピアノパート以外の書法では、フルートパートがショパンらしい書きざまかどうかはよくわかりませんが、各変奏ともショパン好みの優美で品のある音の流れ方ではあるなと思えるし、最後の変奏の音型は、近年研究者によってしばしば言われる「バッハからの影響」も感じられます。全体の構成にショパンの他の変奏曲が共通して備えている序奏とコーダがないことは、変奏曲という楽曲本来の在り方からすれば決して奇異なことではないし、この曲がもし1824年の作曲であるなら、最初期の変奏曲の習作としてよりシンプルな構成であるのも理解できます(他の、ドイツ民謡変奏曲,ラ・チ・ダレム変奏曲,華麗な変奏曲は、出版や公開演奏を念頭に置いた作品であるから演奏効果や見栄えがよい序奏とコーダは必要だろうし、4手変奏曲は連弾の楽しみを豊かにする意味でも序奏とコーダが相応しい)。
自分の姿勢としては、この曲をショパンの真作だと強いて主張するつもりはないけれど、ショパンのものでないという確たる証拠がないうちはショパン作品と見なしていていいかな、と思っています。

ショパンには、偽作の疑いがかけられている曲が他にもいくつかあります。さきに引き合いに出した《パガニーニの思い出》,コントルダンス,ポロネーズ変ト長調,マズレクニ長調,ワルツ嬰ヘ短調,ノクターン嬰ハ短調(KK Anh.Ia-6)など。これらの曲の真贋についても見解をお聞かせいただければ幸いです。
nao
2013/06/15 00:35
nao様へ。
コメントどうも有り難うございます。
そうですね。確かに仰るとおりですね。
疑わしきは罰せずと言いますものね。

それはそれといたしまして、ご質問の件なのですが、直ぐにお答えしようと思ったのですが、いざ書き始めたらけっこう長くなってしまいそうだったので、このコメント欄を使うのはやめて、急遽これをテーマにブログ記事を一本書く事にいたしました。
ですから、この続きは《シンデレラの主題による変奏曲》の題で記事をアップいたしますので、そちらの方をご覧いただけたら幸いに存じます。
申し訳ございませんが、今しばらくお持ち下さい。
トモロー
2013/06/15 12:29

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