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zoom RSS ショパン:練習曲 第3番 ホ長調 作品10-3「別れの曲」

<<   作成日時 : 2013/03/25 13:49   >>

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♪今日の試聴BGM♪

ショパン作曲:練習曲 第3番 ホ長調 作品10-3「別れの曲」 by Tomoro




Chopin : Étude No.3 in E major Op.10-3 /Tomoro

● 作曲年:1832年
● 出版年:1833年
● 献呈者:フランツ・リスト

 【ジャンル解説】
練習曲(エチュード)は、その名の通り、楽器の演奏技術を習得する手助けとなるように考慮された音楽作品です。
一口に練習曲と言っても、これには大きく分けて3種類あると言えます。

  1. 《ハノン》(シャルル=ルイ・アノン:Charles-Louis Hanon, 1819−1900)に代表されるような、機械的な運指の反復練習のみに特化して、楽曲としての体裁を成していないもの。
  2. 《ツェルニー》(カール・チェルニー:Carl Czerny, 1791−1857)に代表されるような、一応楽曲としての体裁は成しているものの、あくまでも練習曲であって演奏会で弾く事を目的としないもの。
  3. 《ショパン》や《リスト》(フランツ・リスト:Franz Liszt, 1811−1886)に代表されるような、プロが演奏会で弾く事を前提に、最高度の演奏技術を要求すると共に性格的小品としての芸術性をも兼ね備えたもの。


 【作品解説】
ショパンの《練習曲 第3番 ホ長調》は、《12の練習曲 作品10》の第3曲目です。
ノクターンを思わせるような美しい旋律で、情緒表現のための練習曲とされています。
前回紹介したベートーヴェンの《悲愴ソナタ 第2楽章》と同様に、右手の中にメロディ・パートと伴奏パートが同時に含まれており、それだけに旋律を浮き出させて歌わせる事が難しくなっています。

ところがショパンは最初、この曲のテンポを「ヴィヴァーチェ(活発に)」、あるいは「ヴィヴァーチェ・マ・ノン・トロッポ(活発に、しかしあまりはなはだしくなく)」と指定していた事が、残されている初期の自筆譜から分かっています。
それを最終的に「レント・マ・ノン・トロッポ(遅く、しかしあまりはなはだしくなく)」に変更していたのです。
つまり、最初の構想時より3倍近くもテンポを落とした事になりますから、もしも変更していなかったら、練習曲としての難易度も格段に上がっていた事になりましょうか。何よりも曲調を全く別のものに変えてしまった訳ですから、これはかなり思い切った改訂と言えるものです。
一説によると、最終的に曲集の配列とバランスを考慮した際にこの変更を思い付いたのだろうとも言われていますが、その辺は定かではありません。


ショパンは、結局ウィーンでは特に表立った音楽的成果を得られないまま、ミュンヘンを経由して1831年9月の半ば過ぎ頃に、新天地であるパリにたどり着きます(※当時22歳)。そしてこれはその翌年に作曲されました。
完成版ではないラフの写しには、“パリ(18)32年8月25日”の日付が書き込まれています。


この曲は、日本では「別れの曲」という題名で知られていますが、これはショパンの伝記映画の邦題からきているもので、もちろんショパン自身が付けたものではありません。
その映画は1934年のドイツ映画『Abschiedwalzer』(※直訳すると「別れのワルツ」)で、翌1935年に役者だけをフランス人に入れ替えたフランス版『La chanson de l'adieu』(※直訳すると「別れの歌」)が作られ、そのフランス版の方が日本で公開された際に付けられた邦題が「別れの曲」だったのです。
この映画は国内で大ヒットを記録し、その中でこのエチュードがメインテーマとして使われていた事から、日本ではこの曲が「別れの曲」として広く親しまれるようになりました。
なので、この俗称は日本特有の呼び方になります。
海外では「Tristesse(悲しみ)」、あるいは「Sadness(悲しみ)」等の副題で呼ばれる事が多いようです。

また、この曲は「おお祖国」と呼ばれる事もあるそうで、それに関しては、ドイツの音楽学者で伝記作家のニークスがショパンの関係者に取材した中で次のようなエピソードを紹介しています。
「“わたしの一生で、これほど美しい歌を作ったことはありません”と、ショパンはグートマンに語った:ある日、グートマンがこのエチュードを弾いていると、先生は両手を結んで頭の上にあげ、“ああ、わが祖国よ!”と叫んだのである。」
(※ジャン=ジャック・エーゲルディンゲル著/米谷治郎・中島弘二訳『弟子から見たショパン』(音楽之友社)より)

ちなみに映画「別れの曲」の公式サイトでは、これをショパンがリストに語ったものと説明していますが、グートマンの誤りです。
上記のエピソードから、このエチュードを「おお祖国」と呼ぶようにもなったそうなのですが、これはおそらくグートマンの作り話でしょう。
何故なら、先述したようにショパンは最初この曲を「ヴィヴァーチェ」のテンポで着想していたからです。そんな速さで書かれたこの曲が、どうして望郷の念から生み落とされたと想像できるでしょうか? なので、この曲を祖国への思いと結び付けて考えるのは、あくまでも最終的な出版譜からくる印象であり、つまりは鑑賞者の後付けの解釈でしかあり得ないのではないだろうか?と言うのが私の考えです。
そもそもショパンと言う人は、音楽を文学的に解釈するのをとても嫌っていたので、自作品に対してこの手の話をしない人なのです。
そういう意味でも、ショパンはロマン派の時代にあって異端な存在でした。

ウィルヘルム・アドルフ・グートマン(Wilhelm Adolf Gutmann 1819−1882)はドイツのピアニスト兼作曲家で、ショパンに師事するために1834年にパリにやって来ました。これは、《12の練習曲 作品10》が出版された翌年になります。
彼はすぐにショパンのお気に入りの弟子となるのですが、しかしそれは音楽的な才能を見込まれての事ではありませんでした。
グートマンは、恵まれた体格に物を言わせて鍵盤を叩きつけるように弾くタイプで、それはショパンが最も嫌う演奏法でしたし、作曲家としても彼はショパン作品の模倣ばかりしていたそうです(※「ショパンの弟子たち- テレフセン/ミクリ/フィルチ/グートマン」というCDで3曲ほど聴く事ができますが、確かに似ています)。
そんなグートマンの何を気に入ったのかは謎ですが(←謎と言うより、あまり考えたくないと言うか…)、とにかく公私にわたって親密になり、ショパンから《スケルツォ 第3番》を献呈されるほどになります。これはショパンの男性の弟子としては極めて稀な事です。

ただ、どうも彼には虚言癖があったらしくて、とにかくこの人物についてはあまり良い噂を聞きません。
「シュトゥットガルトの手記」を捏造したタルノフスキーの著書では、ショパンは演奏会用にスーツを仕立てたものの気に入らず、仕方ないので自分より2倍近くも大男のグートマンのを借りて出演したとか、オシャレにうるさいショパンがそんな真似をするはずがないと言うような作り話が書かれたりしていますし(※その詳細については「このアルバム(日記帳)は何処から出て来たのか?」で)、また、グートマンはショパンの臨終に立ち会ったと自ら証言していますが、ショパンを実際に看取ったショパンの姪ルドヴィカ・チェホムスカ(姉ルドヴィカの娘)が後にそれを否定していたりしています。

私が「おお祖国」の逸話に疑問を持つのも、グートマンのそういった信頼性のなさによるところも大きいのです。



いずれにせよ、この曲は練習曲という枠組みを越えて、聴く人それぞれに豊かなイメージを想起させるため、歌詞をつけて歌曲として歌われていたりもしています。
私などは、個人的にこの曲を聴くと何故か卒業式をイメージしてしまいます。
自分の卒業式でこの曲が流れていたのでしょうか?…そのような記憶も特にないのですが、もしかすると、どことなく《蛍の光》とイメージが重なるものがあるからでしょうか?
ちなみに《蛍の光》というのはスコットランド民謡《オールド・ラング・ザイン(Auld Lang Syne=過ぎ去りし時代、久しき昔)》が原曲で、これに日本独自の歌詞を付けたものです。
ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732−1809)やベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770−1827)、あるいはシューマン(Robert Alexander Schumann, 1810−1856)なども編曲を手がけたりしているほど昔から世界中で親しまれている曲ですから、もちろんショパンも知っていたでしょうね。

ちなみに私は、謎とされているショパンの生年月日に関しては、「1809年3月1日」説を採っております(※その根拠はこちらで)。
なので、本稿ではそれに則ってショパンの年齢を数えています。


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