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zoom RSS ショパン:ロンド ハ短調 作品1

<<   作成日時 : 2011/02/23 00:08   >>

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♪今日の試聴BGM♪

ショパン作曲:ロンド ハ短調 作品1 by Tomoro




Chopin : Rondo in C minor Op.1 /Tomoro

● 作曲年:1825年
● 出版年:1825年
● 献呈者:ルドヴィカ・リンデ夫人


 【ジャンル解説】
ロンドは、「輪舞曲」、「回旋曲」などと訳される通り、A、B、A、C、A…というように、一つの旋律(ロンド主題)の間に様々なエピソードを挟みながら繰り返される音楽形式の曲で、ベートーヴェンの《エリーゼのために》などがロンド形式の代表的な作品です。


 【作品解説】
ショパンの《ロンド ハ短調 作品1》は、彼が自らの意志で「作品番号1」を付けて出版した記念すべき作品で、当時まだ16歳でした(※ただし、実際にその作品番号が付されたのは、1835年のシュレジンガー版からではありますが)。
最初の出版を請け負ったのは、当時ショパンが行きつけだったワルシャワの楽譜商ブルゼジイナ(ブジェジナ)です。
ショパンはここの店主とは懇意にしており、この楽譜商は手紙の中でもしばしば言及されています。
(※『1824年8月10日付の手紙』『1827年1月8日付の手紙』など…)
ショパンはこれ以前にも、8歳の時に《ポロネーズ 第11番 ト短調》を出版していますが、この時は彼が自ら出版を望んだとは考えにくく、あくまでも大人達の側で行なった事だったと思われます。
《ロンド ハ短調》は、当時ショパンが、ワルシャワ音楽院の院長であるエルスネルから個人的に作曲の指導を受けていた事によって書かれたと考えられます。
それ以前のショパンは、ポロネーズやマズルカのような、自分の身の回りの生活に即した作品しか楽譜を残していませんでした。

献呈者のリンデ夫人は、ショパンの父ニコラが教鞭をとるワルシャワ高等中学校校長の夫人です。
リンデ校長とニコラは同い年で、両家は家族ぐるみで親しく交際していて、ショパンはリンデ校長の肖像画まで描いています。
また、ショパンの妹の三女エミリアは、リンデ家の娘と文通やアルバム交換などもしていて、当時のエミリアが書いた手紙や詩篇などが残っています。
(※それらの資料は『二人目の神童エミリア・ショパン、その14歳の死』で)

《ロンド ハ短調》は、ショパンがパリに移住して名声を得た後にも、1835年にドイツ版がベルリンのシュレジンガー社から、1836年にフランス版がパリの同社から、イギリス版がロンドンのウェッセル社から出版されていますから、「作品番号1」を与えただけあって、やはり当時の彼はこれを自信作と考えていた事が察せられ、曲の一部が最初のピアノ協奏曲(ヘ短調)に用いられてもいます。


ちなみに私は、謎とされているショパンの生年月日に関しては、「1809年3月1日」説を採っております(※その根拠はこちらで)。
なので、本稿ではそれに則ってショパンの年齢を数えています。


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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
このロンドのピアノ二重奏版の編曲が1833年に作られて翌年出版されたという記述が、アラン・ウォーカー編著『ショパン その人間と音楽』の作品表にあって、それ以外では全く見かけずに十数年が経ったので、あれは何かの間違いなのかと不審に思っていたら、ある時レコード店にそれが収録されてる輸入盤CDがありました。Op.73のロンドと連弾の変奏曲、他サン=サーンスが編曲した葬送ソナタ等、ショパンの自作他編入り交えたピアノデュオ作品集で、お金のない私はこのロンドだけ店頭で試聴しました(4手連弾で、途中の部分がカットされている)。それでショパン自身の編曲が本当にあったんだと思っていたんですが、ナショナル・エディションに収録されてる様子がないところから察するに、これもまた他者の編曲だったんでしょうかね。このCD、ネットのNAXOSライブラリーで聴くことができます。

試聴音源ですが、第17小節1拍めの8分音符2つに8vaがかかってません。これがコピーされてその後の同一箇所もそうなっています。第242から次の小節にかけてのフレーズにも8vaが抜けてます。第59小節と226小節は音が怪しいですね。ご確認を。
nao
2013/06/22 04:27
nao様へ。
音源の間違い、全てご指摘のとおりでした!(更にフェルマータの見落としも自ら発見…)早速直させて頂きました。本当に何とお礼を申したら良いか分かりません。

そう言えばそのアラン・ウォーカーの本、私も持ってます。でも、巻末の「作品総目録」は見てなかったので、この曲にピアノ二重奏版があったなんて初めて知りました。まあ、原著が1966年出版なので、情報が古いと言えば古いのかもしれませんね。
二重奏版が1834年に出版されていたと言うのが事実だとすると、仰るとおり他者の編曲版がショパン自身によるものと誤認された可能性は高そうですね。このロンドが外国で再出版されたのが1835年以降ですから、もしもその前年にショパンが自ら二重奏版を編曲して出版していたのなら、独奏版の再版と何らかの関連付けがなされていてもおかしくはないはずですからね(両方を同時に出すとかセットにするとか…)。
おそらく誰かが、ショパンのパリでの成功に便乗して、1825年のワルシャワ版を元に編曲版を出し、それが評判になったので、翌年の本家の再販につながった…なんてシナリオ(仮説)はどうでしょうかね?
トモロー
2013/06/22 23:42
その仮説に「なるほど玉」です。(b゚v゚)

作品表の謎の曲目ってありますよね。ブラウンインデックスのBI140(B)《2つのシャンソン》,インデックスの最後になぜか置かれたBI168(B)歌曲《酒の歌》Op.74-4(2度目の記載)とか。前者は、読めないドイツ語版コビラニスカ目録と照らし合わせると、KK VUb-3,4となっていて、当時のポピュラーなフランスの歌をピアノ用に編曲したものらしい。後者については全く不明です。コビラニスカ目録に載っていた“ベルリーニ《ノルマ》のアリア〈カスタ・ディーヴァ〉のピアノ伴奏”というのも謎だったんですが、これはYou tubeに上がってて、今度はそれを弾いてアップしているup主が一体何者なのかが謎になりました(今は動画が削除されてます)。
nao
2013/06/23 02:02

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